労働裁判所設置ならびに訴訟法(労働者が提訴し易い裁判所)

労働裁判所設置ならびに訴訟法(労働者が提訴し易い裁判所)

2021年12月20日更新:元田時男

 

1.法の特徴と日本の裁判外労使紛争解決

(1)タイの労働裁判と和解あっせん

この法律は1979年に成立、同年5月12日から施行されている。労使紛争は経営者にとっては、いつかは必ずあると覚悟を決めなければならない問題であろう。紛争は、先ず、「労働関係法」に従い、要求書の提出、労使の話し合い、調停という段階を経なければならない。それとは別に、退職金なしに解雇されるなど個々の労働者から、不当解雇として訴えられることもある。以上のような労使間の専門裁判所として、労働裁判所が設けられたのである。

労働裁判所の専属管轄は、労働契約、労働者保護法、労働関係法に関係する紛争、労働者保護法、労働関係法による決定に対する不服、労働当局の法解釈請求であるが(8条)、当然ながら、労働裁判所以外の裁判所が労働関連の裁判を受け付けることはできない(9条)。 

関連法律に解決の手順が決められている場合は、その手順に従った後、始めて提訴を受け付けることになっている(8条2項)。

この法律の特色は、労使間の紛争という特殊な分野において、専門家を起用すること、労使双方にとって公平であること、裁判を迅速に終わらせること、労使双方にとって裁判費用を節約させること、簡便であることにあると言っていいであろう。そのため、中央労働裁判所長は、最高裁判所長官の同意を得て、さまざまな規則を公布することができ、官報で告示された日から、その規則は発効する(29条)。

それから、重要な特徴として、法38条において、労働裁判所はまず双方に和解をすすめ

合意するよう努めることが要求されている。裁判外での紛争解決を第1においているので、これは、次の項で述べる最近における日本の制度の先取りをしているように思える。筆者の周辺でも労働裁判所で和解をすすめられて和解したケースは多い。

(2)日本の裁判外紛争解決

 日本においては近年職場の多様化に合せて労使間の問題も多様化している。ただ、これは世界的な傾向であるが、日本でも労働に関する裁判に時間がかかりすぎるという反省、個人では裁判費用、不当解雇問題であれば、長い裁判中の生活費の問題もあり、個々の労働者が裁判に訴えるということは困難であった。

 こうした事態を改善する手段として、2001年に「個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律」が制定され、同年10月1日から施行されている。これは個々の労働者と、特に労働組合のない中小企業の経営者との労使紛争を裁判ではなく、①相談援助、②都道府県労働局長による助言、指導、③双方または一方からあっせんの申し出があれば、調停委員による調停という三つの方法により解決していこうという制度である。厚生労働省のウエブサイトでの発表によると2020年には民事上の個別労働紛争相談件数が27万8千798件、助言、指導申出が約9千130件、あっせん申請が約4千255件である。

 もう一つ重要な動きは、2004年に成立した「労働審判法」である。これは税務審判の労働版ともいうべきもので、裁判ではなく裁判外で解決する方法で、労働問題専門家である労働審判員が3日以内に審理して(原則非公開)調停する方法である。この調停案が飲めないとなると、延々と続く裁判に移ることになる。

 しかし、タイの労働裁判は後述するように迅速に行われるという特徴がある。

2.裁判官と参審裁判官(労働者側代表と使用者側代表)

裁判官は、裁判官の地位にある者の中から労働問題に専門的知識のある裁判官が選ばれることになっている(12条)。また、必要な場合、専門家を喚問することができる(30条)。

裁判官は上記のキャリア裁判官のほかに、労働者側を代表する者と使用者側を代表する者が、参審裁判官として裁判に加わることになっており、裁判において、双方の参審裁判官は同数でなければならない(11、17条)。いわゆる参審制をとっている。労働者側参審裁判官は労働者協会から選挙で選ばれた者、使用者側参審裁判官は使用者協会から選挙で選ばれた者がキャリア裁判官と同様国王によって任命される(14条)。また、参審裁判官はタイ国籍者、成年であること、破産者でないこと、犯罪歴がないことなどの厳しい資格が要求されるほか、裁判官としての訓練を受けることになっており、任期は2年であるが再任を妨げない(14条)。陪席裁判官の報酬その他手当ては、勅令で定められることになっており、身分と同時に中立性を守れるよう配慮されている(21条)。

さらに、参審裁判官は、その職につくとき、裁判長に対して、労働者側にも使用者側にもつかず、公平に職務を全うすることを宣誓しなければならない(14条2項)。

また、裁判では、同種の労働者の労働事情、生活費、困難を考慮に入れると同様に、使用者側の事業の状況、経済社会事情を考慮しなければならないと定めてある(48条)。

3.迅速性と裁判手数料なし

通常、労働者が提訴する場合は賃金、退職金など金銭にまつわることが多く、低所得者である労働者の要求の緊急性に鑑み、裁判を迅速に終わらせる配慮がなされている。例えば、裁判は休みなく継続して行われることが要求され、休廷は1回につき7日以内と定められている(45条3項)。
 また、参審裁判官が病気などで止むを得ず裁判できないとき、裁判長は他の参審裁判官に担当させることができる(20条)。
 次いで、労働裁判所の判決、命令が出た日から15日以内に特別専門事件控訴裁判所に対して行うことになっている(54条)。また、特別専門事件控訴裁判所の判決に異議がある場合最高裁判所に上訴は可能であるが、最高裁判所の過去の判例を覆すような判決であるような5つの事例の場合以外最高裁判所は上訴を審理しないので事実上2審で終了、迅速に裁判を進めるよう配慮されている(56条)。

4.口頭による訴状

矢張り、経験知識に欠ける労働者に配慮して、提訴は口頭でもいいことになっている。裁判所は口頭の訴えに対して、調査をして、内容を文書にまとめ、提訴人に読み聞かせて署名させることができる。また、提訴人が多数ある場合、裁判所は代表を選ぶことができる(35条)。必要な場合、証人の証言を簡潔にまとめて証人の署名をとることができる(35条)。

5.和解と不当解雇の金銭的解決

 最近の世界的傾向は、裁判には費用と時間がかかることから裁判外の解決が多くなってきているが、本法では①38条において、当事者が和解することを仲介することができると

定めているほか、②49条では、裁判所が不当解雇と判断したとき、元の職場において元の賃金で就業させるよう命令することができると同時に、当事者が今後円満に仕事をすることができないと判断したとき、裁判所は損害賠償金額を決定して使用者に支払いを命じて別れさせることができるようになっている。日本では、「解雇の金銭的解決」と呼ばれており、財界では正式に認めるよう働きかけているが、労働界の反対も強く、まだ法的には認められていない。

6.労働裁判に提訴された場合

 以上、労働裁判の概要を述べたが、規律違反などで退職金なしで解雇し、労働者側から退職金を払えと訴えられる件数は、判例を見る限りかなり多い。また、使用者側が負けることも多い。しかし、ことを穏便に済ませようと、規律違反でも退職金を払って円満に分かれようとすることは、他の労働者にどういう印象を与えるであろうか。裁判に負けることを覚悟しても、退職金を払わず解雇することが大事ではなかろうか。

また、裁判では証拠がものをいうので、雇用契約書には必要事項をできるだけ詳細に記入してお互いに署名、警告書には本人および労務担当者の署名をとっておくなどの配慮が必要であろう。