タイの2008年製造物責任法(PL法)の概要
2020年12月10日 元田時男
1.はじめに
欠陥商品により損害を受けた場合、従来であるとタイも日本も民法の不法行為によるしか損害賠償を要求することはできなかったが、現在世界中の多くの国でPL(Public- Liability)法が制定され、被害者は被害があったことだけを証明すれば、欠陥品でないという証明責任はメーカー側にあり、被害者の負担は大幅に軽減された代わりにメーカーの責任は重くなった。
日本でもPL法は1994年に制定され、95年7月1日から施行されている。
タイのPL法は2007年12月に暫定国会を通過、2008年2月20日に官報で告示され、告示の日から1年経過後に施行されている。
以下、タイのPL法を日本のPL法と対比しながら、特にタイで製品を販売する日本企業、日系企業に大きな影響を与える重要部分を解説する。
(1)対象となるもの
第4条で定義されているが、加工された製品で動産であり、輸入品も含まれる。また製造という言葉は法では意味を幅広く定義しており、選定、分包、冷凍などの紛らわしい定義が並んでいることに注意を要する。
(2)損害の内容
物的、身体的損害のほかに精神上の損害も含まれる。つまり、民法上の不法行為と同様慰謝料も請求できる規定振りである。
(3)責任者の範囲
責任者は「事業者」であるが、第4条で「事業者」には1)製造者もしくは製造発注者、2)輸入者、3)販売者(製造者、製造発注者、輸入者が不明の場合)、4)製造者、製造発注者、輸入者と解されるような氏名、商号、商標、マーク、説明等を使用した者が含まれ、第5条により「事業者」連帯して責任を負うことになっている。
(注:連帯責任であるから、販売者は製造者の状況を時効が切れる10年間は明確にしておかないと自分に責任がかかることになると解される。)
(4)消費者、販売者等の証明責任
損害を受けた消費者は、損害を受けた商品、役務を普通に使用し、保管したことを証明するだけでよく(第6条)、それに反して事業者は、欠陥商品ではないこと、消費者が欠陥商品であることを知っていたこと、使用法、注意等を守らなかったことを証明しなければならない(第7条)。
(5)製造者、製造発注者、輸入者、販売者等の免責
上記(4)を証明できない限り責任を負う。
(注:日本の製造物責任法第4条にある、「開発危険の抗弁権」に関する条項はないので、製造時点の最新の技術レベルでも欠陥が予測できなかったという抗弁はできないと解される)
(6)受注者の責任
発注者の仕様、図面に正確に従ったことが証明されれば責任はない(第8条①)。部品の受注者も同様である(第8条②)。
(注:受注者は時効が切れる10年間は発注書、図面等を保存しておかないと危険である。)
(7)消費者との契約における免責事項
事業者は、消費者との事前の契約で、事業者の免責などをうたうなど、消費者に不利な条項をうたうことはできない(第9条)。
(8)代理訴訟(団体訴訟)
消費者保護委員会、同委員会が認定した協会、財団は、損害を受けた消費者に代わって損害賠償の訴訟を起こすことができる(第10条)。
〈注1:タイにおける消費者保護のための総合的な法律ともいえる「1979年消費者保護法」では、第40条により認定された消費者保護等を目的とした協会、財団は同法第41条により民事、刑事の訴訟を、第41条により被害者に代わって行うことができるようになっている。一人または少人数では費用、手間を考慮すると訴訟に踏み切れない消費者に代わって起訴するものである。〉
(注2:また、タイでは代理訴訟を効果的に行うために、「2008年消費者訴訟法」が制定されているほか、一般に「クラスアクション」と称される、団体訴訟のために、民事訴訟法典が2015年に改正され、同法典の条文を222/1条から222/49条まで49か条追加している。)
(注3:日本では2000年制定の「消費者契約法」では、第12条で、消費者に不利な扱いをした事業者の行為差止請求を、内閣総理大臣の認定を受けた「適格消費者団体」が行うことができるほか、2017年制定の「消費者の財産的被害の集団的な回復のための裁判手続の特例に関する法律」では、同じく内閣総理大臣の認定を受けた特定適格消費者団体{上記適格消費者団体から認定}が被害回復のための訴訟手続き行うことになっている。)
(9)損害賠償額(実損害額の2倍まで)
裁判所は、事業者が欠陥品であることを知っていて販売するなど、悪質な場合、実際の損害額の2倍まで賠償を命ずることができる第11条2項)。
(注:アメリカに多い規定であるが、懲罰的な措置である。)
(10)通常の損害賠償請求権の消滅時効
賠償請求権は、損害を受けた者が損害を知り、かつ責任を負わなければならない製造者、製造発注者、輸入者、販売者等を知った日から3年、また、販売された日から10年(第12条1項)。
(注:メーカーは技術データ、図面などは少なくとも10年以上保管しておかないと裁判で対抗できないということになる)。
(11 )体内に蓄積した物質による被害の損害賠償請求権の消滅時効
被害を知った日、かつ責任を負わなければならない製造者、製造発注者、輸入者、販売者等を知った日から3年、ただし、損害を知った日から10年(第12条2項)。
(注:日本の場合は、2017年民法改正に伴い3年が5年と改正されている。危険物が体内に入って、症状が発生するまで何十年と時間がかかることがあるため、このような規定となっている)。
(おわり)